2017年 03月 06日 ( 1 )

鎌倉(大船地区)の首塚

 大永6年(1526)南総里見八犬伝のモデルになった里見一族の里見実尭が鎌倉に来襲した。
このとき鎌倉は後北条2代目の氏綱が支配していた。里見一族は安房の戦国大名で後北条とはしばしば合戦している。
 このときも激戦となり双方に多数の戦死者がでた。画像は双方が共同で戦死者の首を埋葬した首塚だという。
この合戦で鎌倉八幡宮も焼失したので、北条氏綱は再興の寄付を集めたらしいが、勧進帳を里見家にも回したというのがちょっと面白い。
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by mitikusa17 | 2017-03-06 10:10 | 歴史 | Comments(0)